■イギリスの作曲家リチャード・ロドニー・ベネット(b.1936)の作品に初めて出会ったのは、オーボエのハンスイェルク・シェレンベルガーの「フランス・オーボエ名曲集」というCDに収められている「アフター・シランクス(ドビュッシー:無伴奏フルートのための『シランクス』に基づく)」という作品を聴いたときだった。その洒落た作風に、いっぺんでこの作曲家のファンになってしまった。「この人がサックスのために曲を書いてくれないかなあ」と思って調べてみたら、案外たくさんの作品があるのだった。協奏曲が2曲(そのうち1曲はジャズ・サックス奏者のスタン・ゲッツに捧げられている。私見では、20世紀に書かれたサックスのための作品の最高のものの一つ)。ポップス風の小品が一曲。そしてこのサクソフォーン四重奏曲である。音楽辞
典によれば、彼の作風は12音音楽から映画音楽(中でも「オリエント急行殺人事件」の音楽がよく知られている)、ジャズに至るまで実に幅広い。この作品は、曲の構造や楽章構成が実にオーソドックスで、どのようなスタイルでもこなす彼が、ことさら本格的な「クラシック」を意識して書いたのではないかと感じられる。フランス物を中心にサックス四重奏曲は数あれど、オーソドックスなものは案外少ないのだ。
■音楽大学の私のクラスでは、西澤健一の「アルト・サクソフォーンのためのソナタ」を試験やオーディションの曲としてよく取り上げる。演奏する学生たちは、「フランス人ならどう吹くか?」とか「西欧的な表現に達しているか?」といったことに頭を痛めることもなく素直に音楽の中に入り込み、その結果、当人たちにとっては初めてと言って良いぐらいのしなやかかつ切実な表現にたどり着くことがしばしばだった。レッスンをしていて、教師としていつも大きな手応えを感じるのだった。この文章を書いている時点で、われわれ雲カルもこの「四重奏曲」の中に多くの新しい発見をしているところだ。この作品は、まったき調性音楽であり、堅固な構造を持っている。第3楽章Andanteは、主題と5つの変奏からなる。西澤氏は、そのエッセイの中で次のように述べている。
(前略)ある人が他の曲を手本にすることによって、その人自身の独創性が完全に失われることは無い。だからこそハイドンやモーツァルトは大家としての名前を残せる結果になったのであって、ベートーヴェンの言い草ではないけれども、時として作曲家に「神に近い火花」が降り注ぐこともある。どれだけ「強い作品」を作れるかは、どれだけ音楽に「没入」したか。その度合いによるのであって、…確かに作曲家は折衷主義の人間であるべきである。自分に何ができるのか。それを様々な見地によって徹底的に試してみるべきである。それは作曲家に与えられた自由と義務だ。しかし、それは自分自身の能力に対する探求で無ければならず、どこからか拾って見繕った「個性」が真の「個性」になるはずは無く、逆に、いかなるスタイルで書いてみようとも、自分が真に個性的な人間であるならば、必ずやそこに自分の個性は表れる。表れないはずはないのである。「個性」とは、何かを手本にすると忽ち失われるような性質を持つものではなく、何かしらの自分の本能によって仕方なく「はみ出してしまう」部分にある。誰もやっていないことを探すのが「個性」ではない。それは「個性」ではなく「特許」である。結局、自分を発見する以外にない。絶望的に自分を信頼してみる以外にないのだ。
西澤健一:1978年東京生まれ。15歳のときよりピアノと作曲を始める。1996年国立音楽大学音楽学部作曲学科に入学。翌97年中退。これまでに作曲を溝上日出夫、川島素晴の両氏に師事。1998年「ハープと弦楽四重奏のための従藍而青」で第3回福井ハープ音楽賞コンクール作曲部門奨励賞受賞。全音楽譜出版社によって出版される。1999年「Manner and Substance I」でピアノ・デュオ作品による第5回国際作曲コンクールB部門第一位、児玉賞受賞。翌年の第5回ピアノ・デュオコンクールの課題曲に採用。1999年
「Holy Garden」で第4回東京国際室内楽作曲コンクール第1位。2001年にはブリュッセルにて初の個展を2回にわたり開催。2001年「7人の奏者のための室内交響曲」がメキシコ・シナロワ音楽祭で初演され好評を得る。また2002年には「独奏ギターのためのソナタ」がつくば国際音楽祭にて初演される。2002年には津田ホールで国内初の個展を開催。
■イトゥラルデは現代スペインのサクソフォニストで、作・編曲家としても活躍している。ジャズやポップスをサックスのために魅力的に編曲した作品を数多くものしている。このギリシャ組曲(1988)もギリシャ旋法を生かして、洒落た作品に仕立てている。カラマティアノス〜ファンキー〜ワルツ〜クレタと4つの部分から構成されており、アタッカで演奏される。
■トゥールは、1959年エストニア生まれの作曲家。アカデミックな音楽教育を受けただけではなく、自身のロック・バンドを結成して活動していたという経歴を持つ。ミニマル風の楽句、重音、旋法風のメロディーなど、現代の音楽の中では特に目新しいことはないが、聴こえてくるのは今までに聴いたことのない響きだ。1994年に、バルト海でエストニアのフェリーが沈没して800人以上の人が亡くなるという大きな海難事故があった。トゥールはそのフェリーに乗船するはずだったが、事情が変わって延期したことにより難を逃れたのだという。作曲家がこの惨事に衝撃を受けて「哀歌」は書かれた。聴衆が作品を聴くときに、この事件の情報は必ずしも必要ではないとトゥールは述べている。しかし、ここでは「死」というものが創作のきっかけになっているのは確かなことだ。雲カルの過去のリサイタルで取り上げたマズランカの「マウンテン・ロード」、生野の「ミサ・ヴォティーヴァ」、ナイマンの「トニーへの歌」、スティラーの「チェンバー・シンフォニー」などの楽曲も、「生と死」という問題をきっかけに創作されたことを考え合わせると、不思議なつながりを感じる。
■J.S.バッハの「シャコンヌ」は、「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」の終曲であり、主題と30の変奏からなる。この曲については、聴く人それぞれに大切な音楽的体験があるだろうと思う。録音にしろ実演にしろ、この曲を初めて聴いたときに受けた特別な感情が、一人一人の心の中にあるのではないだろうか。そのためだろう、管弦楽、ギター、オルガン、ピアノ(両手用=ブゾーニ、右手用=ブラームス)など、さまざまな楽器のために編曲がなされている。バッハ自身がカンタータの中やチェンバロ用に編曲を残していないことが不思議に思われるほどだ。指揮者ならオーケストラで、器楽奏者ならそれぞれの楽器で、この作品を再現したいと思いはじめるのだ。その昔、私が「シャコンヌ」を初めて聴いたころ、その後自分がこの作品を奏することができるようになるなどとは夢にも思ってもいなかった。しかしサックス吹きとなった今日、やはりその誘惑に抗うことは出来なかった。伊藤康英のサックス四重奏用編曲は、アプローチそのものが過去の諸編曲とは異なる。それは、冒頭の部分を聴いてただくだけでお分かりになるかもしれない。サックス四重奏のために(もっと言えば雲カルのために)新たに発想された「シャコンヌ」がここにある。伊藤康英の作品リストには、無造作にカウントしただけでも、サックスのために書かれたオリジナル作品が27曲、編曲作品が47曲ある。思い起こしてみると、その多くの初演や再演に私は関わってきたことになる。それらはいつも、私のみならず数多くのサクソフォーン奏者たちに大きな演奏の喜びをもたらしてくれた。ここにまたサックスのための大切なレパートリーが加わったことを喜びたい。(雲井記す)