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━━━「パイパーズ」誌2003年3月号より━━━
カルテットの記念すべきデビューアルバム。雲井さん自身が「ダニエル・デファイエへのオマージュ」と語る意味深いプログラム構成がされている。すなわち、デファイエ・カルテットのLPの一枚に収録されたリュエフ「コンセール」、ティスネ「アリアージュ」、パスカル「四重奏曲」の3曲が、それぞれバッハのパルティータ、生野、マズランカと対照を成す。 が、アルバムのコンセプトはより明解だ。一枚を聴き終わった後に耳に残るのは、各作品の底流に流れているバッハ、とくに、バッハの影響を強く感じさせる組曲形式で書かれたマズランカの個性的な音楽が、冒頭のバッハのパルティータへ回帰するかのように聞こえ、いつまでも心に残る。テクニックやパワーを誇示するような曲目はないとはいえ、緻密な対位法や疾走するフーガ、劇的なハーモニーを素晴らしいアンサンブルで伸び伸びと演奏し、同時に、静謐な音の世界も澄んだピアニシモで美しく奏でる。サックス奏者に限らず一聴をお勧めしたい。 最近、注目を集めているデヴィッド・マズランカは、1943年生まれのアメリカの作曲家。雲井さんは、ノースウエスタン大学に留学中、同大ウインドアンサンブルでその作品に接し、「管楽器でこれほど感情豊かな表現ができるのか!」と感銘を受けたという。以来、氏の記憶に焼き付いた作曲家だったが、1998年にアメリカで初演された標題作が期待に違わず「サックス四重奏としては例外的に高いメッセージ性を備えた作品」であることを知り、2000年に同カルテットが東京で日本初演を行った。曲はバロック・カンタータの構成を模した6楽章から成る。出だしはバッハかと思わされるが、現代風のハーモニーや楽器用法で彫琢されて行くに従って、作曲者の不思議な世界に誘いこまれてしまう。 このCDを聴いた作曲者のマズランカは次のような賛辞を雲井さんのもとへ寄せた。
━━━「バンドジャーナル」誌2003年3月号より━━━ 雲井雅人を中心に結成された当団体のデビュー・アルバム。冒頭にバッハのチェンバロ用のパルティータ第4番の全曲を編曲演奏! そのチャレンジにまず意気込みを感じる。生野裕久のオリジナル作品も聴きものだし、さらにマズランカの作品と、聴き応えのある大作が並ぶ。並みの名曲集では味わえない四重奏の醍醐味があって、演奏もなかなか力がある。音色の美しさだけに傾かない、正攻法のスタイルが好ましい。
━━━「レコード芸術」誌2003年3月号━━━ 雲井雅人サックス四重奏団がオリジナリティに富んだ美しい響きを聴かせる。バッハのチェンバロ用〈パルティータ〉第4番ニ長調BWV828のオリジナル編曲(成本理香編曲)と生野裕久の〈ミサ・ヴォティーヴァ〉そしてマズランカの〈マウンテン・ロード〉を中心に2曲の小さな作品。バードの〈ソールズベリー伯爵のパヴァーヌ〉とバッハのオルガン小曲集から〈われ悩みの極みにありて〉を織り込んだ魅力的なアルバムになっている。 〈パルティータ〉の演奏に彼らの傑出した表現スタイルが見てとれる。決して厳格なフーガなどではなく、むしろ和声の美しさとポリフォニーをこのアンサンブルはしっかり掌握している。華麗でありながらも優美さというか典雅さを表情に湛えたウーヴェ ルテュールに始まり、アルマンド、クーラント等々の舞曲のスタイルと性格を丁寧に彫託している。 こうした彼らの力量が存分に発揮されているのが生野作品だ。サックス作品を多く手がけてきた生野はサックスの表現技法を生かして多彩な語法を盛り込んでいる。悲しみに溢れるような序奏の静寂さの中に、どこか生命エネルギーを宿した萌芽的とい うか断片的なジャズ的音型が投げ込まれる。しかし、ここではまだ静寂は破られない。やがて、その断片が主導権を握って大きく展開していく。このあたりの生から動への移行や性格的コントラストが見事に表現されている。シンコペティックなオスティナート・リズムの上にソプラニーノが展開する主題にはどこか中央アジアを思わせる。こうした生野の民族主義的な性格もうまく表現されている。 最後に収録されているマズランカ作品は、ある意味では冒頭のバッハ作品と通底するものがあり、華麗な表現語法による交響詩的な風情を醸した演奏となっている。
━━━「パイパーズ」誌2003年4月号━━━ バッハのパルティータ(というより、彼の全鍵盤作品)でも屈指の名作にあたる第4番。「プレリュード」のシンフォニックなたたずまいと品格の高さは、管弦楽組曲の全楽章が束になっても及ぶまい。バッハ節の粋を集めた「アルマンド」の神々しさ には、6つの無伴奏チェロ組曲も裸足になって逃げ出すだろう。最後の「ジーグ」は、陳腐な表現だけど、精神の輝きがそのまま踊りとなって迸り出たダンスだ。 そんな作品の力を感じさせるサクソフォン四重奏へのアレンジ。バロック音楽をどうやってそれらしく仕立て上げるか、なんて小賢しいアプローチに走るのではなく、4つの楽器が何よりまずサクソフォンとして自然かつ健康的に鳴り響くことで、バッハのパワーは引き出せるのだといわんばかり。内声パートまで張りのある歌の線が構築された結果、曲の本質をなす多声的書法も的確に浮かび上がる。「クーラント」や「アリア」など、喜々として動き回る旋律声部と伴奏のバランスが三次元的に保たれており、ものすごく情報量の豊かな音楽に聴こえてくる。━(後略)━ ━━━英国の雑誌「Clarinet & Saxopnone」2003年夏号より━━━ MOUNTAIN ROADS Masato Kumoi Sax Quartet CAFUA record ソリストとして既に高い評価を得ていた雲井雅人は、1996年にこの四重奏を結 成した。現在の編成になったのは2000年で、同年東京でデビュー・コンサートを 開催している。メンバーは、雲井の他、それぞれ彼に師事した佐藤渉(alto sax)、 林田和之(tenor sax)、西尾貴浩(baritone sax)である。 四重奏の個々のメンバーは、過去に数々の重要なコンクールで賞を得ている。いくつか例をあげるなら、第39回ジュネーヴ国際音楽コンクール銀メダル、北アメリカ・ サクソフォーン・コンペティション第3位、第2回アドルフ・サックス国際コンクー ル第6位、第3回アドルフ・サックス国際コンクール・セミファイナリスト、などである。 一聴して明らかなのは、この四重奏が只者ではないということだ。ひとりひとりが、 すぐれたテクニックと良くコントロールされた純粋な音を駆使する名手であるだけでなく、アンサンブルとして卓越した力を発揮している。各自の、お互いを支え合い溶け合う音色が、洗練された感動的な演奏を生み出しているのだ。さらに、緻密ですば らしい録音によって、このCDの魅力は一層増しているといえるだろう。 冒頭のバッハの『パルティータ第4番ニ長調』(BWV828)は元々チェンバロのため に書かれた作品だが、そのフランス風序曲の荘厳さを、彼らはいともたやすく表現し、 続く各曲も優雅かつ鮮やかに演奏している。このCDには、同じくバッハによる『わ れら悩みの極みにありて』(BWV641)も収録されている。嬉しいことに、ポール・ハー ヴェイ編曲による、ウィリアム・バードの『ソールズベリー伯爵のパヴァーヌ』━━ イギリスのサックス四重奏が長年好んで演奏するレバートリーだ━━の録音も含まれ ていて、ここでは、この曲の持つ素朴さを表現するため、音色と表現を他の曲とは微妙に変えているのが印象的である。 このCDのタイトル曲が、デヴィッド・マズランカの『マウンテン・ロード』であ る。マサチューセッツ生まれの作曲家マズランカは、吹奏楽のための作品(特にA Child's Garden of Dreams)で良く知られる。彼の作品は心理学や神話に着想を得ていて、人間的温かみと高い精神性がその特徴である。『マウンテン・ロード』は卓越 した技術および感覚と同時に、極めて繊細な音のコントロールと、広大な音量の幅を 要求する難曲だが、雲井の四重奏団は、極端なピアニッシモや驚くべき音色のコントラストを駆使し、それら要求の全てを、いや、それ以上のものを達成している。 アルバム中の白眉は生野裕久の『ミサ・ヴォティーヴァ』だ。「祈り」を思わせる 冒頭部のあと、珍しいことだが、ソプラニーノが用いられ、他の楽器の上に鮮やかに 浮かび上がる。アジアや東欧の音楽の影響を感じさせる変拍子と不協和音が神秘性を生み出す一方、ソプラニーノの情感に富む歌い回しが、この曲に野趣あふれる雰囲気を与えている。 |