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西尾貴浩のサックス吹きのための「フィットネス講座」

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2005/03/18(金)  少年時代 『僕はなまら突っ走る!』 B君との思い出・前編
久しぶりにあいつが帰ってきた!

キノコ頭にもそろそろ飽きてきた頃。
僕にはBくんと言う親友ができた。年中いつも一緒に遊んでいた。
色々な面で競い合い、たまにケンカもした。将棋はほぼ互角、
百人一首は勝率2割程度、なわとびは僕が上だった。

 運動会の時、全校生徒で『そうらん節』を踊った時、
どういう訳か僕らは、先生のご指名を受け【歌手】に任命された。
前に出てねじりはちまきに青いハッピを着て、手は後ろに組み、
声変わりしてない甲高い声でコブシをきかせ、眉間にしわを寄せながら
「やぁーれん そぉーらん そぉーらん そぉーらん そぉーらん そぉーらん はぁい はい!」
大熱唱したことを思い出す。

 学芸会の時は2人で浦島太郎に立候補し、壮絶なジャンケンを勝ち抜き、みごと主役をゲットした。
しかしB君の方が背が低かったため、B君はなんとなく浦島太郎B役になった。

A役の僕は亀をいじめっ子達から必死で助けて、お礼に竜宮城に連れて行ってもらい、
熱くお礼を受けた後「鯛やヒラメの舞い踊り」を見ながら、色々な接待を受けご満悦になり、
タコさんやイカさんとも仲良くなった。
さらに、とても綺麗な乙姫様に帰り際に金の玉手箱までいただいてしまった。
家に帰ってその立派な箱を開けた瞬間、煙と共にB君が白ひげをつけて登場!!
「この髪は?このヒゲは?」・・・・そのあとは乙姫様のお説教をうける・・・・
約1時間程の劇でB君の出演は約30秒だった・・・・
本当に気の毒だった。
しかしB君は文句一つ言わず役に没頭し、かなり満足した様子だった。

それがB君という熱い少年だった!


次の年の学芸会、僕たちは2人でまた主役に立候補することになる・・・つづく


2005/03/11(金)  全治1ヶ月!?
転んだ・・・

20年ぶり位。ちと余裕をかましすぎた。
地元の小さなスキー場。小さな頃から何千回と滑り降りた誰も転びようがないところで、いきなり豪快に転んだ。
右のスキーが外れ、運悪く左腕を直撃した。僕は未だかつて一度も骨折したことがないのだが、一瞬「折れたかも」と思った。そのあと指も動いたし、痛みをこらえ、何度か滑っていたのだが、あまりにも痛いのでちょっと触ってみたところ、血が出ていたのでロッジに行き、傷を確認した。すると
幅1.2センチ、長さ13センチに渡ってえぐれていた。
あらら・・・・


その夜お酒を飲んでいると、首が動かなくなってきた。これは首もやられたと思いつつ、昔柔道大会で記憶を失い、首が動かなく、強烈な頭痛のため夜中に病院に駆け込んだ事を思い出した。今回は頭を打っていなかったので、大丈夫なはずであった。
がしかし、次の日の朝起きてびっくり。首がぴくりとも動かない!久々の感覚に懐かしいやら、情けないやら、痛いやら胸がいっぱいだった。
そして深く反省した・・・・


本番はいつもどんな簡単な曲であれ最後まで気を抜かず集中することを心がけている。今回はあまりにも慣れたコースだったので、油断し尽くしていた。まっすぐ歩いていてこけた様なものだ。
ラクールのエチュードの1番をミーソーファードー!!!と吹いてしまうようなものだ。
1歩間違えば終わっていたかもしれない!

幸い楽器を吹くことにおいては何の問題もなかったのだが
2週間以上たった今でもまだ痛みは残っている。腫れも引かない。完治まであと1週間以上はかかるであろう・・・

山頂から眺める景色は20年前とまったく変わっておらず、あまりにも気持ちいい空気を吸いながらきっと僕は空を飛んでると思っていたに違いない。
無茶していたあの頃に戻っていたのかもしれない。
リフトが未だついていなかった時代、スキー担いで30分かけて汗だくになって山頂にたどり着き、わずか1分で滑り降りることを繰り返していたあの頃に・・・・

氷点下の山頂、何百キロ先まで見える絶景を見おろしながら食べる凍りかけたおにぎりとミカン、
そして落とすと割れる魔法瓶に入った熱くて甘いレモンティーが涙が出るほど美味しかったことを思い出す。

あの頃気にもとめていなかった一面に広がった小さなエゾ松達が、皆立派な大木に成長しているのを見ると、自分はまだまだだなー、としんみり感じてしまった一日であった。残念!!






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