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佐藤渉の「飲む!打つ!」

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2003/10/08(水)  アメリカへ、其の6
 僕はパニックに陥ったり、催眠術にかかったり、酒を飲み過ぎて取り乱したりしない方である、と勝手に思っているが、今まで生きてきて、精神的に「あわわっ」となった事が二度ほどある。
 一度目は千葉の地元で京成電鉄に乗っていた時、「バーン」と爆音が耳元で炸裂し、体に大量の血が降り注いできた時である。僕は読んでいた文庫本を取り落とし、しばらく目が開けられなかった。数秒後、思い切って静まり返った車内を見渡すと、僕が座っていた15cm位横のガラスが砕けており、床には拳大の石が転がっていたのである。
 そう、僕が乗っていた車両が投石にあったのだ。僕はそのあまりの音の大きさにショットガンで誰かが打たれて、僕に血が降り注いできたと思ったのだが、ガラス片が体中に降り注いでいたのであった。その後の数十分は放心状態で、何も出来ない程のショックだった。

 二度目は、初めてアメリカの高校に登校した日に起こった。その日の僕は異常な緊張に顔が引きつる程であったが、教科書、ノート等を忘れないように前日から準備に余念が無かった。そして当日、校舎内には最上級生が案内役として控えており、僕達留学生や、新入生を案内してくれた。何とか午前中の授業をこなし、午後のスケジュールに目をやると、なんと、マーチングバンドがあり、そこで初めて楽器を持ってくるのを忘れた事に気が付いた。なんとかホストファミリーに電話して持ってきてもらおうと思った僕は学校の公衆電話から連絡した。幸い、昼休みの間に届けてもらえる事になり、安心して公衆電話から十歩位離れた時、ホストファミリーの電話番号などのインフォメーションを書き留めたノートを忘れた事に気が付き、振り返った。しかし、そこには、もはや僕のノートは跡形もなかったのだ。
「あわわわわっ」と慌てて学校のセキュリティーの事務所に行くと、「そりゃーあんたが悪い。諦めなさい。」と面倒くさそうに言われた。

 それが僕の味わったカルチャーショックだった。
 ノートを数秒放置すれば盗まれるのが当たり前な学校。実際セキュリティーは、学校への不審人物侵入防止の見回りや、早退者のチェック、喧嘩の仲裁、煙草、麻薬の取り締まりに忙しいという恐ろしく治安の悪いマンモス校だったのである。カフェテリアでの殴り合いを目撃したのは三回に及ぶし、大勢の生徒が集まる場所にはかならず制服姿のセキュリティーが目を光らせていた。
 この学校での生活はなかなかエキサイティングだったし、ここで得た友人達には色々な事を教えてもらった。


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