遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、
遊ぶ子供の声きけば、我が身さへこそ動がるれ。
■「東回りの風」を演奏しながら、何となくこの「梁塵秘抄」の中の歌を思い出してしまいます。後の世の日本人に「西洋音楽」などと呼ばれようとは、ゆめゆめ思ってもいなかったであろう、この四つのヨーロッパ生まれの小曲たち。生まれた場所も時も少しずつ異なりますが、複雑華麗な修辞を身にまとう以前の、音楽本来の喜びを我々に感じさせてくれるのです。
■有名なオーボエ協奏曲を残したマルチェッロやチマローザといったイタリア・バロックの作曲家たちの作品にたいして、我々はたいそう大らかな気持ちで接しているように感じます。同じバロック期の作曲家なのに、バッハに対する態度とはえらく違うもんだ!と思うのは私だけではないでしょう。一般的に「バッハはこうあるべきだ」というセリフはあっても、マルチェッロをはじめとするイタリア諸作品の解釈に関しては比較的カジュアルな態度をとることが多いようです。 生前ドイツ国外に出たことのなかったバッハは、さまざまな外国人作曲家の協奏曲をチェンバロ用に編曲することで、各国の音楽スタイルを自分のものにしました。この「イタリア協奏曲」はその素晴らしい成果であると言えるでしょう。演奏者は、書かれたその楽譜を通してイタリアの精神に近づくことができればと願いつつ演奏するわけです。第2楽章アンダンテの旋律の中に、マルチェッロやチマローザが透けて見える…ような気がします。
■「トニーへの歌」は、作曲者ナイマンが長年の親友トニー・シモンズの死を悼んで作曲しました。第1楽章では、チャイルディッシュと言っていいような混乱や怒りが、直截なリズムと歌で表現されます。第2楽章では、幸福な時が突然終わりを迎えるかのように、豊かな旋律が断ち切られます。第3楽章の穏やかな旋律の中には、この苦しみを受け入れようとする気持ちがほの見えます。第4楽章では、たゆたう時に身を任せるような慰安に満ちた旋律が続きます。
キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間-死とその過程について」という著作では、死とその過程に対するさまざまな姿勢が論じられています。そこでは、末期ガン患者が次第に自らの死を受容していく過程を、「否認と孤立」「怒り」「取り引き」「抑鬱」「受容」の5段階の心の動きで説明しようとしています。
この作品は、その過程を4本のサックスという手段で表現しようとしたものであるように、私には思われてなりません。
■マズランカは、自らの作曲技法についてこう述べています。「日常から作曲の時間へと移行するために、バッハのコラールを弾きながら、Sop.Alto. Ten. Bas.の各声部を次々と歌うことを日課にしている。また、古い旋律を引用することでそのふところに入り、まったく新しい別のものを発見する」と。「マウンテン・ロード」が明らかに「バッハからの贈り物」であると感じるゆえんです。
前述のロスは、別の著作で「死、それは成長の最終段階である」という主張もしています。このことはマズランカが自作について述べている以下のような文章とも重なるように思われます。
〜メイン・コラール「人はみな死すべきもの」のタイトルの中には、華やかさと喜びに溢れたこの作品に現れるパラドックスを見いだすことができます。第2のコラール「われは何処にか逃れ行くべき」で、さらにそれが強調されています。前者のタイトルは、死が避けられないものであることを示しているのであり、決して陰鬱な意味でも破滅的な意味でもありません。死とは、終焉というよりむしろ変化なのです。行き着くところ、肉体の死という現実は存在します。
そのことは、この世のすべて形あるものへの私達の愛着を浮かび上がらせます。それは私達のいかなる経験をも限りなくいとおしいものにします。そしてそれはまた、あらゆる形あるものからの解放と、次なる世界への移行を示唆するのです。〜
作曲者マズランカからの助言もあり、楽章によっては演奏者が舞台上のいくつかの地点に移動して演奏することをお許しください。電子メールというもののおかげで、作曲家と直接交信できるのは、何といってもありがたいことです。(雲井記す)
☆曲目
東回りの風 (1996) 織田 英子
- 外に出てみれば
- ザッパイ(元気あふれる)
- グリーンスリーヴス
- クロード・ジェルヴェーズ「4声のための舞曲集」から
イタリア協奏曲 (1735) J. S. バッハ/arr.栃尾克樹
- アレグロ
- アンダンテ
- プレスト
トニーへの歌 (1993) マイケル・ナイマン
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休憩
マウンテン・ロード (1997) デヴィッド・マズランカ
- 序曲
- コラール/われは何処にか逃れ行くべき
- アリア(コラール前奏曲形式)
- コラール
- アリア - ひとり山上で
- 終章/人はみな死すべきもの
アンコール:ヴィヴァルディ/arr.林田 和之 モテット「この世にまことの安らぎはなし」
J. S. バッハ/arr.成田 理香 パルティータ第4番より「メヌエット」
Copyright (c) Kumoi Masato Sax Quartet, Japan.
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