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雲井雅人の「小言ばっかり」

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2007/04/29(日)  「レシテーション・ブック」解説
デイヴィッド・マスランカ : レシテーション・ブック
  打ち砕かれた心:コラール旋律「三つにして一つなる汝」による瞑想曲
  序奏/コラール:「イエスよ、わが喜びよ」による瞑想曲
  ここで死にゆく!(ヴェノーサ公ジェズアルド、1596)
  グレゴリオ聖歌「おお、救い主なるいけにえよ」による瞑想曲
  ファンファーレ/変奏:「アダムの罪によりて」による


雲井雅人サックス四重奏団は、今年4月11日から20日にかけて、アメリカ・ツアーを挙行した。訪れた地はイリノイ州エヴァンストンのノースウエスタン大学、ニューヨーク州ロチェスターのイーストマン音楽院とポツダムのクレーン音楽学校、オハイオ州のシンシナティ音楽院、インディアナ州ブルーミントンのインディアナ大学の5ヶ所であった。このツアーの最大の目的は、我々が委嘱した「レシテーション・ブック(読誦集)」を、作曲家マスランカの目前で世界初演することだった。彼のマスタークラスに参加したり、われわれのリハーサルに立ち合ってもらったり、共に食事をしたりして、彼の人柄に触れることができた。そのことが作品の解釈を深め、この世界初演は成功を収めたように思われる。どのコンサート会場でも、この作品は大きな驚きを持って受け止められた。

レシテーション・ブックとは、キリスト教の典礼で唱えられる文章を集めたものである。雲カルの委嘱による作品が、まったくキリスト教的な世界観を表現したものであることに、初めのうちは少なからず驚いた。リハーサル時、このような作品をわれわれ非キリスト教徒が演奏することについてどう思うかと質問したとき、彼の口から意外な言葉が発せられたのだった。「私はヴェトナムの仏教にも帰依しており、仏教的観点からキリスト教の教義を照らしたとき、よりいっそう双方の理解が深まる」と。信じられないような言葉だったが、同時に心の深いところで納得している部分があった。マスランカは(アメリカ人には珍しく)非常に物静かな人物で、話し声もひそやかだ。しかし、その心のうちにある強い感情が実際に会ってみて理解できたような気がする。それはジェズアルドのマドリガル「ここで死にゆく!」の引用や、最終章の「アダムの罪によりて」による変奏にはっきりと感じられる。また、彼がマスタークラスで繰り返し語った、「心をオープンにして、曲の中に起きていることに耳を澄ますように。そのように心を鋭敏な状態にして世の中で生きて行くことは大きな痛みをともなうが、芸術家にとっては必要なことだ」という言葉は、第2曲:「イエスよ、わが喜びよ」による瞑想曲、第4曲:「おお、救い主なるいけにえよ」による瞑想曲に表れている。また、その双方が、第1曲:「打ち砕かれた心」にある。

なお余談であるが、名前の発音に関するわれわれの問いに対し、彼自身が「マズランカ」より「マスランカ」と呼ばれることをより好むとのことなので、今後は後者の表記に改めたい。


2007/04/22(日)  ツアー記
4月11日「エヴァンストンへ」
夕方、シカゴ空港に着いた。雪が積もってる。
エヴァンストンの街を少し歩く。
住んでいたアパートが、25年前のままの姿で残っている。
タイムスリップしてしまいそうだ。
いつも練習していたオンボロの練習館ビーハイヴで吹いてみた。
時差ボケのせいか、ダメダメ。
しかし、懐かしさ限りなし。
卒業以来、アメリカには来てなかった。
明日はヘムケとマズランカに会う。
ヘムケに会うのは、川崎のコングレス以来。
なんと表現していいかわからないが、若かったオレは、よくこんなところに来たもんだと、改めて思った。
英語もできなかったのに。
バカパワーのなせるわざとしか思えぬ。


4月12日「ホーム・カミング、ノースウエスタン大学」
ヘムケに再会した。
固い握手、大きなハグ。
何と大きく温かなエネルギーにあふれた人だろう。
「僕の中にはヘムケ先生が住んでいます」
「私も君の演奏の中に自分がいることを感じる」
マズランカのマスタークラスを聴講。
学生たちはソナタを何とか吹きこなしている。
繰り返しマズランカが言う。
「心をオープンにして、曲の中に起きていることに耳を澄ます」
マズランカ、何と物静かな人。音楽に捧げる心の何という深さ。
リハーサルにてサジェスチョンを受ける。
「もっと聴いていたい。楽章が短すぎるとさえ感じる」
いっしょに空間を共有しているだけで、解釈が進む。


4月13日「初演の日」
朝、学生たちのカルテットをレッスンする。
学生はアメリカ人なので当然としても、自分自身のフランクさに驚かされる。
練習しすぎて不自然になっているところを指摘する。
昼、ヘムケ、マズランカ、学生たちといっしょにランチ。
実に様々な話題で盛り上がる。
消えてしまうのが惜しいような言葉の数々。
その中でも、ヘムケが日本のサックス界のあり方について語った辛辣な言葉に驚かされる。
やはり、この人の耳はごまかせない。
そのあと、メンバー4人でミシガン湖畔を散策。
風に吹かれながら、よく晴れた風景の中を歩く。
在学中とは少し違う、この地への思い。
こんな美しい場所は、ほかにない。
カルチャー・ショックと猛練習に明け暮れたころ、心を癒してくれた風景なのだ。
キャンパス再訪を「ホーム・カミング」と称する理由を深く知る。
夜、ラトキン・ホールでコンサート本番。
バッハとマズランカの初演は成功したと思う(他の曲では、人生最大の落伍をやらかしたが)。
スタンディング・オベーション、カーテンコールに、目頭が熱くなる。
ロビーでのレセプション。
興奮していつもの大声がもっと大きくなっているヘムケの様子を見て、力が抜ける。
言葉が出てこない。
アイムプラウドオブユーマサト!ユーディドグレートジョブマサト
そしてハグ、ハグ、ハグ。
マズランカ、静かな目で僕を見つめながら「四人の上に光が降りて来るのが見えた。」
言葉が出てこない。
「グッバイと言いたくない、また必ず来い。ここはお前のホームタウンだ。」と言い残し、ヘムケ去る。


4月14日「イーストマン音楽院へ」
ロチェスターへの移動日。
空港の手荷物検査が厳しい。
ベルトをはずし靴を脱ぎ上着も脱ぐ。
身分など関係なく、すべての人がそうやってゲートをくぐる様が、茶室に入るときの作法に似ているなどと悠長なことを思った。
こうしないと、もう安心して飛行機には乗れないのだ。
博士課程に在学中の江田千聖さんの運転で、イーストマン音楽院へ。
今は亡き大室勇一先生が、若き時代を過ごした校舎に、足を踏み入れる。
歴史ある建物、大理石のホール、古い教室。
多分このあたりを、夢と希望と不安に満ちた大室青年が歩き回っていたのかもしれないという思いに囚われる。
軽くリハのあと、江田邸へ。
近くの林の中を小川が流れる、静寂きわまりないロケーション。
心尽くしのもてなしに感激。
佐藤渉と僕のために、一足はやいバースデーケーキ、ありがとう!
また、博士号を取得するための勉強のハードさに唖然となる。
ノースウエスタンでアシスタントをしている杉原真人君もそうだが、頑張っている日本人がいることに励まされる。
パブでリラックス。
早寝する。


4月15日「本番二回目」
寒い。雪がちらついている。明日は吹雪らしい。
良いカフェが見つかり、お昼までリラックスして過ごす。
午後は江田さんの案内で、イーストマン音楽院の図書館へ。驚異的な蔵書量。開架なので、手に取って見ることができる。知らない曲、音を出してみたい楽譜がたくさんある。自分のCDが蔵書リストにあって、一人悦に入る。
音楽院の校舎に入ろうとすると、元気な青年が興奮気味に話しかけてくる。この青年が、雲カルがイーストマンを訪れるきっかけとなったマイケル・マットロック君だった。
雲カルのレッスンを受けたいという熱烈なメールが送られてきたのは、一年ほど前のことだった。
彼らの来日は叶わなかったが、ここで会うことができた。
軽くリハをすますと、あっという間に本番。ハワード・ハンソン・ホールという階段教室のような会場。
一回目より余裕があるが、ステージが暑く、林田選手は、いつもより一層汗に苦しむ。僕は椅子が高すぎて苦労する。
しかし、最初のプレリュードが終わったところで、聴衆のものすごい集中力を感じる。
グラズノフ、トゥールとも落ち着いてできた。みんな音がいいよ!
マズランカ作品、秒針の進む音しか聞こえない、信じられないほどの静寂の瞬間がいくつかあった。
曲は終わって、またも全員スタンディング・オベーション。熱心な拍手に感謝の念が湧く。アンコールは「おわら節」。
サックス科のリン・チェンクヮン(林成寛)教授主催のレセプションで一同盛り上がる。バッハのアレンジの面白さ、トゥールの重音の効果、マズランカの素晴らしさについて。
頭が割れそうな寒風の中、ホテルに帰り着き、あっという間に眠りに落ちる。


4月16日「ポツダムへ」
朝起きたら、外は吹雪いている。
ポツダムへは車で五時間もかかるので、この天候のなかドライブを決行するかどうか大いに迷う。
昨日のカフェで昼食ののち、イーストマンの学生カルテットにアドバイス。
マウンテン・ロード全楽章を、何の苦もなく暗譜で奏する。雲カルのCDを聴き込んでいるという。
大きなコンクールで優勝しただけあって、ほぼテクニカルな問題はない。クセのない丸い音。熱いハートも併せ持っている。
傾向は違うが、一月に聴いた上海の学生たちのカルテットを想い起こさせる。
解釈面、技術面とも、こちらの演奏家としてのひきだしを、すべて開けて応ずることとなった。
指摘にただ従うのではなく、即座にディスカッションしながら納得して行く様子が好ましい。
二時間があっという間。
吹雪はまだ止まないが、路面が凍結することはないだろうと判断し、レンタカーで出発。江田さんの熟達の運転により、ノンストップで無事ポツダム到着。
途上のハイウェイから見える、雪に覆われた丘や朽ちた家屋などが、まさにアンドリュー・ワイエスの絵のようで、心中密かに興奮する。
食事のあとすぐ寝てしまう。


4月17日「本番三回目」
雪はやんだが、朝から寒風吹きすさぶ。
時差ボケは抜けた。かわりに体調が微妙な感じに。胃袋の人、喉の人、僕は皮膚の人。気を付けよう。
一時間ほどホテル近くのセント・ローレンス大学まで散策。氷点下まではいかないが、とにかく寒い。
昼、江田さんのイーストマン仲間、パトリック・マーフィーが教えるニューヨーク州立大学ポツダム校クレーン音楽学校を訪問。
食事のあと、軽くリハ、すぐに本番。
大きな会場に少ない観客だったが、熱心な拍手があった。演奏の錬度は上がって来ていると思う。
終演後、学生が恥ずかしそうに握手を求めてくる。
夜、ポツダムの街でイタリア料理を食べ、見掛けたアウトドア・ショップで楽しく買い物したのち、ハイウェイを激走四時間、ロチェスターに戻る。
メンバーと江田さん、ハグして別れる。感謝感謝。彼女は実に見上げた根性の人だ。車中聞く、アメリカ・サックス界の、大学教師就職事情の厳しさに感じ入る。ドクターの学位を持った上での、サバイバルなのだ。
彼女のドクターの一日も早い取得と、アメリカでの成功を心からお祈りする。
風呂入ってすぐ寝る。


4月18日「本番四回目、シンシナティ」
五時起きでロチェスター空港へ。シカゴ経由シンシナティ。バスのような飛行機。みんな、疲れから声が小さく、やや口数も少なくなっている。
シカゴ空港での乗換え時間が四時間もあるので、ババヌキなどして時間をつぶす。それにしても、ここにはいろんな顔、姿かたちの人たちがいて見飽きない。
シンシナティは暖かくてホッとする。佐藤渉のシンシナティ仲間で現在シンシナティ音楽院のジェイムズ・バンティ助教授が空港に迎えてくれる。
ここは、渉が高校時代の一部と大学時代を過ごした街なのだ。シンシナティ音楽院は、巨大なシンシナティ大学の一角を占める、美しいデザインの豪華な建物。
渉のホスト・ファミリーの人たち、先生のリック・ヴァンメーター、バンドの指揮者などが来て、再会を喜びあう姿を見ていると、彼が本当にみんなから愛されていることを感じる。
疲れてはいても、曲の力によって衝き動かされるように演奏を終える。
大きな拍手、たくさんの好意的なコメントが心に染みる。雲カルの音が、ここでも通用することがうれしい。
やはり、マズランカは驚きをもって受け止められている。
そんな中、今日誕生日を迎えた渉のために、ハピバースデイトゥーユーの合唱が湧き起こる。長く離れていても誕生日を覚えていたのだ。感動。
ジャズバーに赴き、ビッグバンドを聴く。リラックスした演奏に心がほぐれる。モーテルの部屋がハイウェイに面していてうるさいので、耳栓をして寝る。


4月19日「本番五回目、インディアナ」
朝、ゆっくり起きる。雨だ。50歳になった。
昼、おいしいインド料理を楽しむ。
シンシナティ音楽院のバンティ助教授の運転でインディアナ大学に向かう。二時間半の道のり。
ポツダム行きのときとは違う、穏やかな風景が延々と続く。楽器店に寄り小物を買う。
インディアナ大学に到着、オーティス・マーフィー教授に迎えられて控え室へ。
五回の本番は、慣れると同時に、自分の弱点も浮き彫りにする。反省点は多々あるも、最後の本番を終えることができた。マズランカの聴衆へのインパクトは大きい。ヤマハ・アメリカのお二人が聴きに来る。
引き続きマスタークラスで二人の学生を指導するが、こちらはうまくできたとは言いがたい。曲はクレストン「ソナタ」、イベール「コンチェルティーノ」。通訳は、身重のマーフィー夫人ハルコさん。辛うじて音色、イントネーション、真ん中のド#のことなどに触れる。通じたかどうか。
終了後、何と僕に対してもハピバースデイトゥーユーの合唱が起こる。感動して、アイライクユーなどと叫ぶ。
マーフィー教授の、終始きわめて紳士的な態度に感服する。真似しようとしてできるものではないが、見習いたいと思う。
別れの挨拶もそこそこに、シンシナティに向けて出発。途中チリーズでステーキを食う。顎が疲れる大きさと固さがいい。車中、渉とジェームズは実によく喋る。 肝胆相照らす仲なのだろう。
モーテル到着、メンバーからバースデー・プレゼントを貰うサプライズ。なんと、バッハのフィギュア(手足が動かせる)とシカゴ・シンフォニーの指揮棒!
打ち上げもせず寝てしまう。あとは帰るだけだ。


04月20日帰途
ジェームズの運転でシンシナティ空港へ。シカゴ経由成田。
12時間、ぼんやりしていたら成田到着。


2007/04/10(火)  アメリカ・ツアー
雲カルは明日から十日間ほど、アメリカ・ツアーに出かけます。
ノースウエスタン大学、イーストマン音楽院、クレーン音楽学校、インディアナ大学、シンシナティ音楽院で、リサイタル及びマスタークラスを開きます。

プログラムは、第6回定期演奏会とほぼ同じで、フローリオの代わりにトゥールをやります。
長旅で不安もありますが、張り切って行ってまいります。



雲カル第6回定期演奏会
2007年5月7日19:00開演
東京文化会館小ホール
入場料:4000円
http://www.concertrex.jp/concert.html#kumoi

チケット購入ページ
http://www.concertrex.jp/ticket.htm


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